電話をしながら、メモ用紙の端に、気づけば丸をいくつも描いていた。会議の資料の余白に、ぐるぐると渦や花のような形を重ねていた。そんなことはないでしょうか。頭では別のことを考えているのに、手だけは勝手に丸を描いている。
心理学者のカール・グスタフ・ユングも、心が大きくゆれていた時期に、毎朝ノートに小さな円の絵を描いていました。あとになって、その絵が東洋の曼荼羅によく似ていることに気づきます。
この記事では、ユングがなぜ曼荼羅に心を寄せ、心のケアに取り入れたのかを、ユング自身の歩みとともにたどります。むずかしい理論は脇に置いて、読みものとして気楽に読んでみてください。
1 ユングという人について
ユングは、精神科医という枠組みだけでは語りきれない人だったといわれます。
1875年にスイスの牧師の家に生まれ、幼いころから宗教や神話、夢に強い関心をもっていました。精神分析を始めたフロイトにその才能を見こまれ、一時は後継者と目されたほどです。
1−1 心が大きくゆれた時期
ユングは、自分自身も心が大きくゆれる時期を経験した人でした。
第一次世界大戦の前の年にあたる1913年には、ヨーロッパが血の海に沈むような幻を見たと書き残しています。のちにユング自身は、それを戦争の予感だったと振り返りました。
人の心を診る立場でありながら、自分自身も深い心のゆれの中を通りぬけた。その経験が、のちのユングの考えかたの土台になっていきます。
2 曼荼羅(マンダラ)がユングの中から現れた
ユングのマンダラに対する関心というのは、2つの方向から芽生えました。
その一つは、ユング自身の個人的体験に由来するものでした。もう一つは、心を病む人々と関わる中で見出したものでした。
2−1 ユングの中から現れた曼荼羅(マンダラ)
その一つ目は、ユングが精神的に危機の状態に陥った時の自己治癒の過程で自然に現れてきたものでした。
1912年から1913年にかけて、ユングはフロイトと決別しました。その後、方向を見定めることができなくなり、精神状態が不安定になりました。それは、ほんの一時のことではなく、数年にわたって続いたといわれます。
そのような中で、ユングは自分の内から湧き上がってくるものに導かれるように、円形の図をたくさん描きました。1918年から翌年にかけては、毎朝ノートに小さな円の絵を描き、その日の心の状態を確かめていたといいます。それは、ユング自身の心の治療に大きな影響を及ぼしました。そして、それは、マンダラにとても似ていたのです。
その経験があって、ユングは心の治療にマンダラを見出したのでした。
2−2 患者から見出したマンダラ
ユングは自分の経験のあと、患者にも絵を描いてもらうことを試みました。すると、マンダラ的な図を描くことが分かったのです。絵だけでなく、夢や空想の中にも、円をはじめとする図形が患者の心から自然に現れてくることに気づいたのです。
ユングは、こうした円の図を、心がばらばらになりそうな時に、もう一度まとまろうとする心の働きのあらわれだと考えました。
そして1928年、友人で中国研究者のリヒャルト・ヴィルヘルムから届いた中国の古い書物『黄金の華の秘密』を読み、東洋でも同じような円の図が、心の修行の中で大切にされてきたことを知ります。
3 ユングの曼荼羅(マンダラ)の特徴
仏教の曼荼羅は、仏の悟りの世界を図にあらわしたもので、修行の中で使われてきました。
いっぽうユングは、曼荼羅を「個性化」という考えかたと結びつけました。
個性化とは、人がその人らしい全体へと、生涯をかけて近づいていく歩みのことです。
心が弱っている時、人は自分らしさを見失いがちです。ユングは、円の絵を描くことが、その人らしさを取り戻す手助けになると考えました。
同じ円の図でも、仏教では悟りの世界の地図として、ユングの心理学では自分を取り戻す道しるべとして、それぞれに大切にされてきたのです。
4 ユングの心理学と曼荼羅(マンダラ)
ユングといえば「意識」「個人的無意識」「集合的無意識」のキーワードになります。
この中でも、マンダラと最も近いものは「集合的無意識」になります。
ユングは、心のいちばん深いところには、すべての人に共通する層があると考え、それを「集合的無意識」と呼びました。
そう考えた理由のひとつが、東洋の曼荼羅をよく知らなかったユングや患者たちが、よく似た円の図を描いていたことでした。
西洋・東洋と区別なく、それぞれに伝わるものや神話にも共通したテーマを扱うものも多いことから、人類の心の奥深くには「共通した何か」があると考え、気づいたのでした。
具体的な例をあげれば、「太陽への崇拝」や「母性」などです。
とても普遍的なテーマだということに気付かれるでしょう。
ユングの考えかたは、いま親しまれている「大人の曼荼羅塗り絵」や「マンダラアート」にも、どこかでつながっています。
5 まとめ
子どものころ、雨の日に窓ガラスについた水滴を、指でつないで遊んだことはありませんか。何の役にも立たないのに夢中になって、気づくと外の雨音が心地よく聞こえていました。
ユングが描いた円も、はじめは誰かに見せるためのものではありませんでした。心がばらばらになりそうな時期に、手を動かして丸を描くことが、自分を取り戻す助けになったのです。上手に描くことより、描いているあいだの静けさに意味があったのでしょう。
円は、紙の上だけにあるわけではありません。大きな木を真下から見上げた時に、枝が四方へ広がっていくかたち。どんぐりの帽子のうろこ模様。自然の中には、昔から丸いかたちがたくさんあります。散歩の途中でひとつ見つけて、しばらく眺めてみる。それだけでも、頭の中のざわざわが少し静かになります。
自分に厳しくなりがちな日こそ、丸を描いたり眺めたりする時間を、少しだけ持ってみてもかまいません。
そういう時間のつくりかたを、林浴(りんよく)と呼んでいます。


