なんとなく、調子が出ない。
病院に行くほどではない。
でも、どこかがすっきりしない。
そういう日が続くとき、からだの中では何が起きているのでしょうか。
「丸」は、その人のベストのかたち
私たちはよく言います。
「丸く収まる」とか「心を丸く」とか。
ある人がよくなっていく様子を、「角が取れて丸くなった」と言うこともあります。
「丸」とは、その人なりのベストな状況を表す言葉なのだと思います。
何かを足して立派になることではありません。
その人なりの良さが、十分に現れている様子のこと。
丸は、止まっていない
丸いかたちには、動きがあります。
時の流れ、季節の流れ。
自然が繰り返している、普遍的なリズムです。
からだの中も同じです。
血液も、体液も、丸く巡っています。
朝が来て夜が来る。
春が来て冬が来る。
息を吸って、吐く。
生きているものは、たいてい丸く巡っています。
不調の多くは、「滞り」から
からだの不調を訴える方は、たくさんいます。
いつもどこかがよくない方。
悪くなってから気づく方。
その不調和は、巡りがうまくいっていないこと——つまり、滞ってしまっていることから起きている場合が多いのです。
「なんとなく不調」というのは、たいてい、どこかが壊れているわけではありません。
巡りが、止まりかけている。
そういうサインなのだと思います。
自分で気づけるようになる
生きていれば、いろいろな出来事に遭遇します。
いつ、どこで、何が起きても、ある程度は対応できる力を持っていたい。
そう思います。
そのために必要なのは、強くなることではなくて、
からだの様子に、早く気づけること。
そうならないように、予防できること。
そして、自分でセルフチューニングできること。
誰かに直してもらうのではなく、自分で整えられるようになる。
落ち着いて対応できるようになると、人生そのものも、だんだんと巡りの良い状態に近づいていきます。
巡りを取り戻す時間
では、滞ったものは、どうやって動かすのでしょうか。
特別なことをしなくても大丈夫です。
森の中で、ちょっと立ち止まる。
深呼吸をする。
木々を眺める。
土や葉の匂いを感じる。
それだけで、止まりかけていたものが、また動きはじめます。
遠くの森へ行かなくても構いません。
身近な公園の一本でも、窓の外に見える常緑の木でも、十分です。
そういう時間のつくりかたを、林浴(りんよく)と呼んでいます。
自然が見せてくれる丸いリズムの中に、自分を戻していく時間のことです。


