子どものころ、遠足で山道を歩いた日のことを覚えていますか。落ち葉がふかふかで、どこかで鳥が鳴いていて、水筒のお茶がやけにおいしかった。何をしたというわけでもないのに、帰りのバスでは、みんなぐっすり眠っていました。
大人になって、森に行ってみようと思い立っても、どこへ行けばいいのか、着いてから何をすればいいのかがわからない。ちゃんと調べてから、と思っているうちに、週末が終わっている。そういうことは、ありませんか。
むずかしく考えなくてかまいません。着いたら、ただ歩く。それで足ります。ここでは、森がからだを休ませてくれる理由と、東京から足をのばしやすい森を4つ紹介します。
1 森林セラピーとは
森林セラピーとは、森を五感で味わいながら、心とからだを休めることをいいます。
緑の中を歩いていると、胸のあたりがすっと軽くなる。そんな覚えのある方も多いと思います。森の中で「気持ちがいい」と感じることそのものが、からだを休ませる側へ切りかえてくれます。
その感覚を、暮らしの中で上手に使うのが森林セラピーです。
1−1 五感で森を感じる
森を感じるのに、特別なことはいりません。ただ森の様子を眺めたり、小川のせせらぎに耳を傾けたり、鳥の声を聞いたり、土や落ち葉を踏みしめたりしながら、五感で森を感じるだけでいいのです。
例えば、木々から香る物質があるのをご存知ですか?この香りの成分はフィトンチッドと呼ばれ、木の香りをかぐと気持ちが落ち着く、という研究の報告もあります。
疲れた時に森へ入ると、ほっとするように感じられるのは、そのせいもあるのかもしれません。
2 緑の中がからだにいいのはなぜ?
森がからだを休ませてくれることは、日本でも研究が重ねられてきました。
同じ人に、街なかと森の中をそれぞれ歩いてもらい、からだの反応を比べた実験があります。
すると森の中では、唾液にふくまれる「コルチゾール」という、ストレスの目安になる物質が低くなる傾向が見られました。
また、心拍の測定でも、森林ではストレスの強い時に高まる「交感神経活動」が抑制され、リラックスした時に高まる「副交感神経活動」が亢進するということもわかっています。さらに、考えごとにかかわる脳の前のほう(前頭前野)の活動が落ち着く、という結果も報告されています。
2泊3日の森林浴のあとで、からだを守る細胞のひとつ(NK細胞)の働きが高まった、という報告もあります。
2−1 五感に訴える
目に優しい木々の緑やその香り、風の音や土や草を感じることで、唾液中のコルチゾールも下がりやすくなります。森をただ歩いているだけで気持ちがほどけていくのは、こうした五感の働きによるものと考えられています。
2−2 フィトンチッドでリラックス
森の香りのもとは、木が出すフィトンチッドと呼ばれる芳香物質です。
杉やヒノキの香り、松などの針葉樹に多いα−ピネンなど、森には木ごとに違う香りがあります。ヒノキのお風呂に入った時の、あのほっとする香りを思い出してみてください。
2−3 研究がくれる「休んでいい」という許可
林野庁などが進めてきた調査でも、森林浴のあとで、からだを守るリンパ球の一種(ナチュラルキラー細胞)の働きが高まったという報告があります。
ただ、これは病気を治すという話ではありません。森で休むことには、ちゃんと理由がある。研究は、そう教えてくれる「休んでいい」という許可のようなものだと思います。
3 東京から足をのばしやすい森
東京は、中心から少し離れると、緑の豊かな場所がたくさんあります。
休日の半日で、気軽に足をのばせます。
ここでは、4つの森を紹介します。
① 高尾山
八王子市
2007年に、ミシュランの旅行ガイドで三つ星に選ばれた山です。都心から電車で1時間ほどで、山歩きが楽しめます。
標高599メートルの山で、登山道がいくつもあり、ケーブルカーもあるので、山歩きがはじめての方にも向いています。ブナやモミ、杉の大木など、木の種類が多いことでも知られています。
② 神代植物公園
調布市
四季を通じて草木の姿や花の美しさを味わうことができる公園です。もともと東京都の街路樹などを育てるための苗圃でした。戦後、神代緑地として公開されたあと、1961年(昭和36)都内唯一の植物公園として開園しました。
③ 水元公園
葛飾区
都内でも最大規模の水郷公園です。桜やハナショウブの咲く季節はもちろん、一年を通して美しい景観が楽しめます。ポプラ並木や、「生きた化石」と呼ばれるメタセコイアの森もあります。秋の終わりには、メタセコイアが赤茶色に色づきます。
④ 明治神宮
渋谷区
敷地内に広がる大きな森は、神宮が作られた時に、全国から献木されたおよそ10万本を植栽した人工林です。その面積は70万平方メートルあります。100年先の姿を見すえて植えられた木々が、いまでは都会のまん中で、深い森のような姿になっています。
4 森の中で、からだをゆるめる
森の中で、ゆっくりした呼吸を試してみます。
木だけでなく、足もとの草や、鳥や虫の気配にも、耳を向けてみてください。
4−1 木を抱くように立つ(三円式)
腕・脚・背中で三つの円をつくるようにして立つ、気功の立ちかたのひとつです。
ポイントは、肩と腕をリラックスさせ、両手に大きなボールを乗せるイメージで木を抱えます。腰を少し落とし、膝を軽く曲げて、両足で木を挟み込むようにします。背中を丸めるようにして腹式呼吸をします。
4−2 木もれ日を浴びる
森の中なら、強すぎない光を、木もれ日として浴びることができます。
日の光は、からだを温めてくれます。また、日に当たると皮ふでビタミンDがつくられ、骨の健康にかかわることも知られています。
朝の光は体内時計を整え、気分の安定にかかわるセロトニンの働きを助けるといわれています。なんとなくからだがだるい、気分が晴れない日こそ、少し外に出てみてください。
気分の落ちこみが長く続く時は、ひとりで抱えこまずに、医療機関に相談してください。
4−2−1 朝日を浴びる
体内時計を整えるには、朝のうちの光がいちばんです。起きてから早めの時間に、窓辺やベランダで、胸のあたりに光を受けてみてください。
4−2−2 日だまりで、からだを温める
黒っぽい服は光を吸って温まりやすいので、肌寒い季節は、日だまりで肩や腰に光を当てるだけでも、ぽかぽかしてきます。
夏は反対に、日ざしの強い時間をさけて、木陰で休んでください。
5 まとめ
森からの帰り道、電車の座席に腰をおろしたとたん、まぶたが重くなったことはありませんか。歩いたのはほんの二時間ほど。それなのに、からだの奥のほうまでほどけている感じがします。遠足の帰りのバスと、同じ眠りです。
森の中でできることは、たくさんあります。でも、木を眺めて、土を踏んで、風の音を聞く。それだけで十分です。うまく深呼吸できたかどうかも、気にしなくてかまいません。
遠くの森でなくてもかまいません。近くの公園の、大きな一本の木の下に立ってみる。見上げると、葉のすきまから光がこぼれてきます。
森は、何かをしに行く場所ではなく、何もしなくていい場所です。
そういう時間のつくりかたを、林浴(りんよく)と呼んでいます。


