子どものころ、雪の日に、黒い手袋やコートの袖に落ちた雪をのぞきこんだことはありませんか。息をとめて顔を近づけると、六つの花びらのような小さなかたちが見えて、すぐにすうっと溶けていく。もう一度、と空を見上げて、次のひとひらを待っていました。
雪の研究で知られる中谷宇吉郎博士は、雪を「天から送られた手紙」と表しました。結晶のかたちには、それが生まれた空の上の気温や湿りけが書きこまれているからです。
この記事では、雪の結晶ができるしくみと、その美しさに魅せられた江戸の人たちの話をまとめました。自然がつくる、マンダラのような模様を眺めるつもりで、読んでみてください。
1 雪の結晶とは何か
雪の結晶は、いつでも見られるわけではありません。
見つけやすいのは、気温の低い日に降る、さらさらした雪です。
気温が高めの日の雪は、落ちてくる途中で溶けかけたり、結晶どうしがくっついて「ぼたん雪」になったりするので、ひとつひとつの姿は見えにくくなります。
1−1 美しい雪の結晶が見られる条件とは
① 気温が低く保たれていること
結晶のかたちは、雲の中の温度と水蒸気の量で決まります。木の枝のように広がる「樹枝状」の結晶は、およそ−15℃前後で、水蒸気が多い時にできやすいことがわかっています。
② 湿度が高めであること
雪の結晶は、空気中の水蒸気が氷になってできたものです。水蒸気が多いほど、結晶は枝を伸ばして大きく育ちます。
③ 風があまり強くないこと
風が強いと、結晶どうしがぶつかって壊れてしまいます。風の穏やかな日のほうが、きれいなかたちのまま地上に届きます。
2 雪の結晶の形とは
繊細で、どの方向から見ても釣りあいのとれたそのかたちは、自然がつくった宝石のようです。
さて、雪の結晶の別名をご存知でしょうか?
「六花(りっか)」と言います。その名のとおり、六角形が基本のかたちです。ただ、柱のようなかたちや針のようなかたちもあり、自然がつくり出すデザインは、人の想像をはるかに超えています。
2−1 日本で初めての雪の結晶の図鑑
雪の結晶の美しさに魅せられた人は、現代人だけではありません。
江戸時代の人が描いた記録も残っています。「雪華図説(せっかずせつ)」という書物です。
まとめたのは、下総国(いまの茨城県)古河藩の藩主・土井利位(どい としつら)です。オランダから伝わった顕微鏡で観察を続け、天保3年(1832年)に、日本で初めての雪の結晶の図説を出しました。
「雪華図説」には86種の結晶のスケッチが収められ、のちの「続雪華図説」には、さらに97種が加えられました。
2−1−1 江戸時代の雪の結晶の観察とは
「雪華図説」には、観察のしかたも書き残されています。おおよそ、次のような手順でした。
⒈ 雪が降りそうな冷えた夜に、あらかじめ黒地の布を外にさらして冷却する。
⒉ 舞い落ちる雪を、その布で受け取る。
⒊ 形が崩れないように注意して、ピンセットで取り、黒の漆器の上に乗せる。
⒋ 息がかからないように気をつけながら、顕微鏡(当時は「蘭鏡」と呼ばれた)でのぞく。
寒い夜に、息をひそめて小さな雪をのぞきこむ。江戸の人も、いまの私たちと同じように、その美しさに見とれていたのでしょう。
そのかたちは、やがて暮らしの中の模様にもなっていきます。
2−2 雪の結晶をファッションに生かした江戸時代のおしゃれ
江戸の町では、雪の結晶を描いた柄が流行したこともありました。「雪華模様」と呼ばれ、着物や小物の柄として親しまれたものです。利位の官名から「大炊(おおい)模様」とも呼ばれたといいます。
もうひとつ、よく知られているのが「雪輪(ゆきわ)模様」です。雪の結晶の輪郭を、やわらかな曲線でつないだかたちで、こちらは古くから使われてきた文様です。
この模様は、冬の模様のようですが、雪輪に桜や、雪輪に楓といったものの組み合わせが多くあります。
そこには、雪どけの水が野山の草木を育て、秋の実りをもたらす、という思いがこめられているといわれます。
雪は、めぐる季節の恵みのはじまりでもあったのです。そのため雪輪模様は、冬にかぎらず一年を通して使われてきました。
2−3 家紋になった雪の結晶
自然のモチーフが、アレンジされたり、そのまま家紋として使われることもあります。雪の結晶は、古くより風流人に好まれていました。
「雪は豊年の瑞(しるし)」ということわざもあり、雪の多い冬は豊作のしるしと考えられてきました。
多くの紋は、笹やなずななどと組み合わされて使われています。また、雪輪紋と言って、他の紋の外輪に使われることもあるのです。
家紋には、円の中に模様をおさめた、マンダラのようなかたちが多く見られます。円は、昔から人が心地よいと感じてきたかたちなのかもしれません。
3 雪の結晶の六角形はどのようにしてできるのか
雪の結晶は、基本的に六角形です。五角形や八角形の結晶は見つかっていません。
それはなぜでしょう。
水の分子が集まって氷になる時、分子は六角形の網の目のように並びます。そのため、空の上で生まれる小さな氷の粒は、はじめから六角形のかたちをしています。
その小さな氷の粒が雲の中を落ちてくるあいだに、まわりの水蒸気がくっついていきます。くっついては凍り、またくっついては凍る。それをくり返しながら大きくなって、地上に届きます。
六つの角から枝が伸びていくのは、とがった角のほうが、まわりの水蒸気にふれやすく、早く育つからです。
木が枝を広げていくように、雪の結晶も六つの方向に枝を伸ばして、あの美しいかたちになるのです。
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4 まとめ
冬の朝、窓ガラスの内側に、白い羽根のような氷の模様がついていたのを見たことはありますか。指でなぞると、そこだけ溶けて、外の景色がのぞきました。
雪の結晶の六角形は、ミツバチの巣やトンボの目にもあらわれる、すき間なく並べられて丈夫なかたちです。昔の人は、そうした自然のかたちをよく観察して、着物の柄や家紋に写してきました。それは、自然とともに暮らしてきた人たちの記録でもあります。
雪の日でなくても、冬の公園で、葉を落とした木の枝ぶりを見上げてみる。幹から枝へ、枝から小枝へと分かれていく線は、雪の結晶が枝を伸ばしていく姿によく似ています。
空から届く手紙は、ゆっくり眺める人のところに届きます。
そういう時間のつくりかたを、林浴(りんよく)と呼んでいます。


