夕方、台所に立っていると、テレビの音、電子レンジの「ピーッ」、洗濯機の終わりを知らせるブザーが、立て続けに鳴ることがあります。ひとつひとつは小さな音なのに、重なると、胸のあたりがぎゅっと固くなる。イライラの理由を探しても見つからない日に、じつは音に疲れていた、ということは少なくありません。
反対に、夜中にふと目が覚めて、屋根を打つ雨の音を聞いているうちに、いつのまにかまた眠っていた。そんな夜もあったのではないでしょうか。
耳は、目を閉じていても、眠っていても、休まずに働いています。だからこそ、どんな音の中で過ごすかは、思っている以上に気持ちを左右します。
ここでは、心地よいと言われる音について、よく聞く話と、その確かさをあわせて見ていきます。気になったものをひとつ、今夜聴いてみるくらいでかまいません。
1 528ヘルツの音──「癒しの周波数」と呼ばれるもの
「528Hz」という周波数の音楽を、動画サイトなどで見かけたことがあるかもしれません。「癒しの周波数」と紹介されることの多い音です。Hz(ヘルツ)は1秒間に何回ふるえるかを表す単位で、528Hzは1秒間に528回ふるえる音、ということになります。
聴いていると、あくびが出るようにゆったりした気分になる、という声はよく聞かれます。
ただ、528Hzだけが特別に心身に効く、ということは、今のところ科学的には確かめられていません。聴いて落ち着くなら、その感覚を大切にすればよく、周波数の数字にこだわる必要はないでしょう。
1-1 「傷ついたDNAを治す」という話について
528Hzの音が、放射線で傷ついたDNAを修復する、という話が広まったことがあります。東日本大震災のあとにも、ずいぶん話題になりました。
けれど、これは科学的に確かめられた話ではありません。音楽は気持ちをやわらげる助けにはなっても、病気やけがの治療の代わりにはなりません。
イライラした日に音楽を聴くのは、何かを治すためではなく、ひと息つくため。そのくらいの距離感が、ちょうどいいように思います。
2 1/f ゆらぎの音は安らぎの音
1/fゆらぎは、自然界に非常に普遍的に見られる音の現象です。そして、自然界の集団の動き方の根本法則のようなものらしい、ということまでは分かっています。そのほか、1/fゆらぎが生体のリズムと同じだということも分かってきました。
初めてこのことを発見したのは人間の心拍のリズムです。他に、眼球の動き方や脳波のα波の周波数ゆらぎもそうです。
少し難しい話なのですが、生体のニューロン(神経細胞)は生体信号として電気パルス(電気信号)を発射しており、ある細胞の発射間隔を調べたら、その間隔が1/fゆらぎをしていたのです。
そのことから、生体のリズムは基本的には1/fゆらぎをしているといっても過言ではありません。そして、この1/fゆらぎは、心地よさと関係があると考えられています。
このゆらぎを持つ音は、人が心地よいと感じやすい音だと言われています。
2-1 ゆらぎの音とはどんな音?
実は、ゆらぎ自体を定義するのは難しいのです。あえて言うならば、予測のできない空間的、時間的変化や動きとなります。
予測は、規則性があるからできるのであって、ゆらぎとは、ものの空間的、時間的変化や動きが、部分的に不規則な様子とも言えるのです。
ゆらぎは、世に存在するすべてのものに表れます。例えば、風は突然吹いて、そして突然止まることもあります。風は不規則な動きで、ゆらぎの代表格の1つとも言えるのです。
そして、自然界の音で表すならば、それは小川のせせらぎの音がそれになります。
他に、音ではありませんが、木の年輪や木目の線の間隔も1/fゆらぎを持っています。木目をじっと眺めていると、なぜか気持ちが静まってくるのも、このゆらぎと関係があるのかもしれません。
もし、あなたが森や神社等の中で惹かれる木が見つかった時には、木に耳を当ててみてください。地中から水や養分を吸って、枝葉に行き渡らせる音だとも言われる、低い「ごうっ」という音が届くことがあります。正体ははっきりしませんが、木に耳をつけてじっとしている数十秒は、それだけで静かな時間です。
3 モーツァルトの癒し音
モーツァルトの曲の音が癒しの音であるということは、ずいぶん前から言われています。そして、睡眠に役立つ音であるということです。
良い睡眠をとるためには、ストレスを軽減し睡眠を導く規則正しい生活習慣を取り戻すことが肝要です。しかし、なかなかそれも困難な状況にあります。
モーツァルトの音楽には、周波数分析を行うと、およそ3500ヘルツ以上の高い音が小川のせせらぎのようなゆらぎという音の特性とともに、バランスよく含まれていると言われています。さらに、音同士の衝突によって、より高い音を生み出す倍音効果も見られます。
3-1 モーツァルトの曲の特徴
寝るときは心身伴にリラックスする必要がありますが、モーツァルトの曲は、その助けになると昔から言われてきました。
モーツァルトに限らず、このような条件を持つ音楽を聴くと、ゆっくりと深い呼吸が得られ、心拍の安定化、不安を解消、などの落ち着いた気分になりやすいことが報告されています。
それぞれの音楽が持っている、一定の規則性は、心のリズムを整えてくれる機能があります。規則性のある音は、落ち着きを与えてくれます。
3-2 眠りにもモーツァルトを
特に弦楽器は同時に複数の音がぶつかってより高い「倍音」が生まれるので心地よく聴こえます。このような、副交感神経に作用する音楽を聞くことで、寝つきが楽になったと感じる人もいます。
気持ちが高ぶっている時は、妙に頭が冴えてしまいます。そんな時は、なかなか休むことができません。こんな夜に、試してみるのもよいかもしれません。
4 まとめ
夏休みのプールの帰り、川べりの石に腰かけて、しばらくぼんやりしていたことはないでしょうか。水の流れる音と、セミの声と、濡れた髪をなでていく風。何も考えずに、ただ聞いていた時間です。
大人になると、耳に入ってくる音のほとんどは、何かを知らせる音になります。通知の音、呼び出しの音、終わりを告げるブザー。一日じゅう、何かに呼ばれ続けているようなものです。
イライラが続く日は、音を足すより先に、引いてみるのもひとつです。テレビを消して、窓を少し開けてみる。遠くの車の音にまじって、鳥の声や、葉のこすれる音が聞こえてくるかもしれません。
そういう音がいちばん多いのは、やはり木のあるところです。近所の公園のベンチで、目を閉じて三分だけ、耳をすませてみる。それだけでも、肩の力は少し抜けていきます。
そういう時間のつくりかたを、林浴(りんよく)と呼んでいます。


