朝の台所で、みかんの皮をむいた瞬間。指先からふっと立ちのぼる香りに、まだぼんやりしていた頭が少しだけ起きる。そんな感覚に、覚えはないでしょうか。
気持ちは、言い聞かせてもなかなか切り替わりません。「イライラしちゃだめ」と思うほど、かえって胸の奥がざわざわしてくる。けれど香りは、考えるより先に、気分のほうをほどいてくれることがあります。
この記事では、香りがなぜ気分に届くのかを短く紹介したうえで、朝・困った時・疲れた夜の三つの場面に合う精油(植物から取り出した香りの成分)を選びました。全部そろえなくてかまいません。「これは好きかも」と思える香りを、ひとつ見つけてみてください。
1 脳に作用するアロマセラピー
なぜ香りを嗅ぐと気分が変わるのか・・・不思議に感じることもあるでしょう。
私たちは一日のうちに、数えきれないほどの匂いを感じながら過ごしています。中には不快に感じるものもあり、そうしたちょっとした匂いをとらえることで、自分でも気づかないうちに気分が浮いたり沈んだりしています。
1-1 香りを感じる脳
アロマセラピーを説明するとき、嗅覚と脳の仕組みの関連性は欠かせないものです。鼻から入る香りの成分は、鼻腔の嗅上皮と呼ばれるところにある嗅毛によってとらえられます。とらえられた香りは、電気信号に変換されて、大脳辺縁系の扁桃体や海馬に伝えられます。
この大脳辺縁系という部位は、本能行動(食欲・性欲・睡眠欲など)や記憶・喜怒哀楽といった情動を司る部位になります。
つまり、生きていくために必要な脳になります。「古い脳」とも呼ばれます。
大脳辺縁系は、ホルモンや自律神経(意識しなくても内臓のはたらきを整えている神経)の調整にかかわる視床下部とも、深くつながっています。香りでからだの緊張がふっとゆるむことがあるのは、そのためだと考えられています。
香りを嗅いだとたんに気分が変わるのは、鼻と、気持ちをつかさどる脳とが、近い道でつながっているからなのです。
2 一日の始まりに合う香り
朝のスタートは、爽やかでありたいものです。
香りは、気分の切り替えを手伝ってくれます。「眠くて、だるくて……」という朝の重さも、少し軽くできるかもしれません。
朝は、すっきりした香りや、「気持ちいい」と感じられる香りを選ぶのがおすすめです。
2-1 巡りのよくなるアロマ
すっきりした香りをひと息吸うと、自然と呼吸が深くなり、目が覚めてくるのを感じる人も多いものです。
朝に合う精油を、いくつかご紹介します。
ローズマリーシネオール
ちょっと頑張りがきかない、からだと心のエンジンをかけたい朝に。すっとした鋭い香りで、頭がはっきりしてくるように感じられます。ヨーロッパでは古くから「若返りのハーブ」とも呼ばれてきました。刺激が強めなので、妊娠中の方や血圧が高めの方は使用を控えてください。
フランキンセンス
気持ちが落ち着くけれども、クリアになった感じが生まれるのがこの精油の特徴です。樹脂からとれる、少しスパイシーで深い香りです。息を吐くのが自然と長くなり、呼吸がしやすくなるように感じる人もいます。
サイプレス
散漫になった気持ちを整える精油です。和名は「イトスギ(西洋ヒノキ)」。すっとした緑の香りで、森の中にいるような気分にしてくれます。
3 トラブル発生!でもこの香りで乗り越える
仕事中や家事の途中に、思いがけないトラブルが起こることがあります。こうなると、心拍数が上がり、気持ちが動揺し、地に足がついていないというような状況が起こります。
こんな時にも、香りが助けてくれます。すっと香りを取り入れることで、冷静になることができ、落ち着いて対応ができるのです。
あなたを助けてくれる香りが決まったら、ハンカチに一滴たらして、机の引き出しやバッグなど、手に取りやすいところに忍ばせておくと安心です。
3-1 落ち着きを取り戻すアロマ
パイン
松の爽やかな香りです。ヨーロッパでは、松の葉や芽が昔から薬草のように使われてきました。すがすがしい香りが、浮き足立った気持ちを地面に戻してくれるように感じられます。
ヒノキ
古くから日本で活用されている木です。神社やお寺の建物、檜風呂にも使われてきました。気持ちが落ち着いたあとで、じわじわと力がもどってくるような香りです。
ベルガモット
気持ちが高ぶりすぎた時にも、落ちこんだ時にも、やさしく寄りそってくれる香りです。
どうにもならない、と感じる時に、やわらかく支えてくれます。ホッとして力が抜けるのを感じるでしょう。紅茶のアールグレイの香りづけに使われている柑橘です。肌につけたまま日光に当たるとしみになることがあるので、香りを嗅ぐ使いかたがおすすめです。
4 疲れた夜の香り
疲れは、心からもからだからもたまっていきます。特に気持ちの疲れは、からだにも出てきます。ゆっくり休みたいのに、頭がまだ働いていて休めない、という夜もあるでしょう。
そんな夜は、心とからだを落ち着ける香りを選んでみてください。
一日の終わりに、お風呂で使うのもいいものです。精油はお湯に直接たらすと肌に刺激になることがあるので、天然塩大さじ2ほどに1〜3滴まぜて、バスソルトにして入れます。また、耐熱性の容器にお湯を張り、そこに精油を2〜3滴落として、枕元から少し離れたところに置いてみてください。
いつもより、すっと眠りに入れるかもしれません。
4-1 疲れた夜に合うアロマ
ラベンサラ
疲れがたまりすぎて、かえって眠れないこともあるでしょう。ユーカリに似た、すっとしてやわらかい香りで、こわばった胸のあたりがほどけていくように感じられます。
プチグレン
オレンジの葉や小枝からとれる精油です。気持ちが高ぶって安らげない夜に、落ち着きを取りもどす助けになります。
責任感の強いあなたにそっと寄り添ってくれるものになるでしょう。少しビターな香りも心地よく感じます。
オレンジ 
おなじみの香りですが、歯医者さんの待合室にオレンジの香りを漂わせたら、待っている人の不安がやわらいだ、という研究報告もあります。あたたかく、やさしい香りが、包みこんでくれるように感じるでしょう。
5 まとめ
子どものころの冬、こたつの上にみかんの皮が積み重なっていたのを覚えていますか。指先が黄色く染まって、顔に近づけるとまだ甘酸っぱい匂いがした。何をしていたわけでもない夕方の、あたたかい部屋の記憶です。
香りは、鼻から脳の、気持ちや記憶をつかさどるところへまっすぐ届きます。だから、イライラを頭で抑えこもうとするより、好きな香りをひと息吸うほうが、気分が先にゆるむことがあります。精油は、その手伝いをしてくれる道具のひとつです。
瓶がなくてもかまいません。散歩の途中で、木の下に落ちている葉を一枚拾って、匂いをかいでみる。雨上がりの公園で、土と草の匂いを胸いっぱいに吸ってみる。植物の香りは、もともと外にあるものです。
いい香りに気づけた日は、それだけで少し、休めています。
そういう時間のつくりかたを、林浴(りんよく)と呼んでいます。


