日曜の夕方、テレビから聞き慣れたテーマ曲が流れてくると、胸のあたりが少し重くなる。休みの日だったはずなのに、頭の中ではずっと月曜の段取りを考えていた。そんな週末に、覚えはないでしょうか。
気分転換をしよう、と思っても、何をすればいいのかわからない。出かける元気はないし、新しい趣味を始めるのもおっくう。気分転換が下手なのは、性格のせいではありません。頭が、切り替えの合図を受け取りそこねているだけのことが多いのです。
この記事では、朝のあいさつ、日の光、はじめて口にする味、眠る前の絵本と、暮らしの中でできる小さな合図を集めました。全部やらなくてかまいません。読みながら「これならできそう」と思えたものを、ひとつ試してみてください。
1 うれしさを、そのまま出す──犬や猫に学ぶこと
「至福物質」と呼ばれる脳内物質を、聞いたことはありますか?
心地よさや、うれしい気分にかかわっていると考えられている物質です。
これは人間だけのものではなく、犬や猫など、多くの動物のからだにもあります。
1−1 至福物質「アナンダマイド」のこと
アナンダマイドは、1992年、イスラエルの化学者ラファエル・ミシューラムらの研究グループが、ブタの脳から見つけました。名前の「アナンダ」は、サンスクリット語で「至福」を意味する言葉からとられています。
犬や猫は、うれしさや楽しさを、からだじゅうで表します。しっぽを振る、すり寄ってくる、のどを鳴らす。見ているこちらまで、つい頬がゆるみます。
さて、私たちはどうでしょう。うれしいことがあっても「いい年をして」と飲みこんでしまったり、楽しいと言うより先に、次の用事を考えてしまったり。おいしいものを食べたら「おいしい」、いい景色を見たら「きれい」。小さなうれしさを、口に出してみるところからでかまいません。
2 気分転換できるライフスタイルの作り方
ここに挙げるのは、知ってはいたけれど、やっていなかった。そして、案外かんたんにできそうなことばかりです。
2−1 朝起きたら「おはよう」を明るい声でいうこと
英語では「good morning」、いい朝、と言います。起きぬけのぼんやりした頭も、声を出してあいさつすると、少しずつ目を覚ましていきます。声に出すと息も深くなり、からだが「一日が始まった」と受け取りやすくなるのです。
「おはよう」を言う相手がいない朝は、鏡の中の自分に、少し笑って声をかけてみるのもいいものです。
2−2 太陽を大事にする
その昔、人は屋外の井戸で顔を洗っていました。そして、東の空の太陽に、手を合わせて「おはようございます」と言っていたのです。
太陽は、田畑の実りをもたらしてくれる、ありがたいものでもあったからです。この習慣は、からだのしくみから見ても、理にかなったものでした。
朝の光を浴びると、気持ちの安定にかかわるセロトニンという物質がつくられやすくなり、からだの時計も整うといわれています。曇りの日でも、外の光は部屋の明かりよりずっと明るいものです。なお、気分の落ちこみが二週間以上続くときは、ひとりで抱えずに医療機関に相談してください。
「お天道様と米の飯はどこへでもついて回る」ということわざがあります。どこへ行っても日はのぼり、食べるものはなんとかなる。職を失うようなことがあっても、そう思って気を取り直した、先人の知恵の言葉です。
2−3 朝日記の効用
「夜書いたラブレターはそのまま出すな」という言葉があります。夜は、その日一日の出来事が心に残って、つい後ろを振り返ってしまいます。そこでおすすめなのが、ひと晩眠って気持ちが落ち着いた朝に書く「朝日記」です。
朝日記には、こんなメリットがあります。
① その日の準備を整え、計画性が生まれる。
② 前の日のことを客観的にまとめる記録性が生まれる。
③ 感情をリセットするので、中立性が生まれる。
④ 時間に融通がきく朝なので、毎日続けやすく、連続性が生まれる。
⑤ 貴重な経験や記憶を今日に生かせる復元性が生まれる。
難しく書かなくてかまいません。一行だけ、天気と、きのうよかったことをひとつ。そこから始めてみてください。
2−4 新しい味との出会いにトライ!
どんなものでも美味しく食べる秘訣を体得された方がいます。精神科医で、ベストセラーを多く書いた斎藤茂太さんです。
その秘訣とは、なんてことありません。口に含むやいなや「ああ、うまい!」と言ってしまうことなのだそうです。
食わず嫌いで、あれもこれも口にしないのは、もったいない話だというのです。
また、フランスの法律家で美食家のブリヤ=サヴァランは、『新しいごちそうの発見は、新しい星の発見よりも人類を幸福にする』という言葉を残しています。
「ああ、おいしい」と口に出すと、その声は自分の耳にも届きます。うれしさを二度味わうようなもので、気分も少し上を向きます。いつも機嫌よく見える人は、こうした小さな「おいしい」を、こまめに口にしているのかもしれません。
3 うれしい気持ちを増やす工夫
心がわくわくしたり、ぽっと温かくなったりする時間を、暮らしの中に少しずつ増やしてみます。
3−1 初物に敏感になる
江戸川柳で、こんな言葉があります。
「女房を質に入れても初鰹」
初物を食べると、75日寿命が延びるとか・・・
もちろん言い伝えですが、はじめてのものに出会う時、触れる時、口にする時のわくわくした気持ちは、どなたにも覚えがあることでしょう。
秋なら、新米、さんま、栗。季節のはじめての味を「今年もこの季節が来た」と味わうことは、毎日が同じことのくり返しではないと、気づかせてくれます。
3−2 眠る前に声に出して絵本を読む
子どもの頃、絵本を読んでもらいながら眠りに入ったことを覚えているでしょうか?
あの、なんとも言えない幸せな感覚を再現してみようというものです。
とはいえ、いまさら人に頼むわけにもいきません。
そこで、自分で読んでみます。
絵本を一冊持って布団に入り、小さな声でゆっくり音読してみてください。
布団の中にいるのは、子どものころの自分。そんなつもりで読みます。
やがて、なんとも穏やかな気分になってきます。
大切に読んでもらっていたあの感じを、自分で自分にしてあげる。それだけで、一日の終わりの気持ちが少しやわらぎます。
4 まとめ
子どものころ、雨戸を開ける音で目が覚めた朝を覚えていますか。部屋にさっと日がさしこんで、台所からは味噌汁の匂いがして、「おはよう」と声をかけられる。それだけで、一日がちゃんと始まっていました。
気分転換は、何か大きなことをして気持ちを変えることではありません。小さな合図で、頭に「いまは別の時間だよ」と知らせてあげることです。構えて頑張ろうとすると、かえって続きません。「これくらいなら」と思えることで十分です。
朝、窓を開けて外の空気をひと息吸う。いつもの道で、街路樹の葉の色が少し変わったのに気づく。秋なら、足もとのどんぐりや、色づいた落ち葉を一枚拾ってみる。季節の「はじめて」は、外に出ればいくらでも見つかります。
がんばって切り替えなくても、外の空気が切り替えてくれることがあります。
そういう時間のつくりかたを、林浴(りんよく)と呼んでいます。


