運動会の朝、台所から甘い卵焼きの匂いがして、おにぎりの真ん中には、きまって赤い梅干しが入っていた。そんなお弁当の記憶がある方も多いのではないでしょうか。暑い日でも傷まないようにと、母や祖母が入れてくれたひと粒です。
いつも食卓の端にいて、主役になることはない梅干し。けれど、疲れた日にひと粒口に入れると、すっぱさに思わず目が覚めて、なぜかほっとします。昔の人が毎日のように食べ続けてきたのには、ちゃんとわけがありました。
梅のどんなところが、私たちのからだを支えてきたのか。知っておくと、冷蔵庫の梅干しが、少し頼もしく見えてくるかもしれません。
1 梅が、からだを支えてきたわけ
梅干しのほかにも、梅酒や梅ジャム、梅肉エキスなど、梅は昔からいろいろなかたちで暮らしに取り入れられてきました。
あの小さな実に、どんな力があるのかを見ていきます。
1−1 豊富なミネラルが含まれている
人間の骨、歯、血液、組織液を形成しているものの中には、ミネラルがたくさん含まれています。不足すると、からだのあちこちに不調が出やすくなります。
生の梅は、小さな実なのに、リンゴと比べてカルシウムが4倍ほど、鉄が6倍ほど含まれています。マグネシウムやカリウムなどのミネラルも、梅のほうが多めです。
1−2 疲れた日の、すっぱいひと粒
梅干しといえば、あの「すっぱさ」ですよね。
また、梅を使ったものは、どちらかというと酸味が多いイメージがあることでしょう。
そのすっぱさのもとが、からだを助けてくれます。
体内のエネルギーの代謝がうまくいかない状態になると、栄養素の不完全燃焼が起こります。それによって、疲れや肩こりを感じたりします。
梅のすっぱさのもとであるクエン酸やリンゴ酸は、食べたものをエネルギーに変えるしくみにかかわる成分です。
昔から「疲れたら梅干し」と言われてきたのも、うなずけます。
1−3 食欲がない日に
梅の酸味成分であるクエン酸は、唾液の分泌を促します。すっぱいものを口にすると、胃も動きはじめます。食欲が落ちた夏の日に、おかゆに梅干しをのせると、するすると食べられるのはそのためです。
1−4 梅肉エキスと、めぐり
青梅の果汁を、黒くなるまでじっくり煮詰めたものが「梅肉エキス」です。昔から、家庭の常備薬のように重宝されてきました。
煮詰める間に、梅の糖とクエン酸が結びついて「ムメフラール」という成分ができます。血液の流れを助けるはたらきがあるのではないかと、研究が進められています。
1−5 お弁当に梅干しを入れてきたわけ
梅干しには、菌がふえるのをおさえるはたらきがあります。
昔からおにぎりやお弁当に梅干しを入れてきたのは、すっぱさと塩けで、ご飯を傷みにくくするためでした。
胃の中にすみつくヘリコバクター・ピロリ菌に対しても、梅の成分がはたらくのではないかという研究があります。
ただ、梅干しは薬のかわりにはなりません。毎日の食事に、ひと粒そえる。それくらいの気持ちで、つきあうのがちょうどいいのです。
1−6 肌のことが気になる年代にも
お肌のシミやくすみは、からだの内側の疲れがあらわれたものでもあります。疲れをためないことが、遠回りのようでいて、肌をいたわることにもつながります。
梅には、ポリフェノールやビタミンEなど、からだのさびつきをおさえる成分も含まれています。
2 梅の食べ方
梅は、生のままでは食べられません。
初夏に出回る青梅には、アミグダリンという成分が含まれています。これがからだの中で分解されると、青酸という毒ができることがあるためです。
この成分は、梅が熟していくと減り、梅干しや梅酒に漬けこむうちに、さらに減っていきます。ですから、ふつうに売られている梅干しや梅酒は、心配せずに食べることができます。
2−1 暮らしの中の、梅のかたち
梅は、こんなかたちで楽しまれています。
・梅干し
・梅酒
・梅ジャム
・梅ジュース
・梅肉エキス
梅干しは塩分が多く、ふつうの梅干しなら一粒で2グラム前後の塩分があります。塩分をひかえている方は、減塩タイプや、梅ジャム・梅ジュースなどを選ぶとよいでしょう。梅酒は、お酒なので飲みすぎないように。
3 まとめ
祖母の家の縁側に、梅を干す平たいざるが並んでいた夏を覚えていますか。赤じその色に染まった梅が、強い日ざしを浴びて、少しずつしわを深くしていきました。夕方になると取り込んで、また朝に出す。その手間を、誰も面倒がってはいなかった気がします。
新しい健康食品は、次から次へと話題になっては消えていきます。梅干しは、そういう流行とは関係なく、何百年も日本の台所にありつづけてきました。からだのために何か新しいものを探す前に、昔から家にあったものに頼ってみる。それも、ひとつの休みかたです。塩分が多いので、一日に一粒くらいがちょうどいいでしょう。
梅は、冬の終わりにいちばん早く花を咲かせる木です。近くの公園や神社に梅の木があったら、いまの枝ぶりを覚えておいてみてください。二月の寒い朝、その枝に白い花がほころんでいるのを見つけた時、季節がちゃんとめぐっていることを、からだで思い出せるはずです。
すっぱいひと粒は、昔の誰かが残してくれた、休むための知恵です。
そういう時間のつくりかたを、林浴(りんよく)と呼んでいます。


