博物館の仏教美術の展示で、ガラスケースの向こうに、背丈より大きな掛け軸がかかっていた。近づいてみると、小さな仏さまが何百も、升目のようにきっちりと並んでいる。すごいな、とは思うけれど、何が描いてあるのかはわからない。少し眺めて、そのまま次の展示へ移ってしまう。
仏教の曼荼羅とは、たいてい、そんなふうに出会うものかもしれません。
曼荼羅(マンダラ)は、サンスクリット語の mandala を漢字で音写した言葉で、「本質・中心をもつもの」という意味があるとされています。仏教では、そこに悟りの世界の姿が描かれてきました。
この記事では、日本でよく見られる両界曼荼羅と、輪廻を描いた六道曼荼羅の見かたを、なるべくやさしくたどります。読み終えたあとで、もう一度あの掛け軸の前に立ったら、少しだけ「どこから見ればいいか」がわかるはずです。
1 曼荼羅のはじまり
曼荼羅の原型は、インドのバラモン教やヒンドゥー教の宗教儀礼にあります。幾何学模様や、神の姿を描いていました。神々を招いて供養し、祈願するための場として描かれていたものが、やがて仏教にも取り入れられていきました。
曼荼羅とは、宇宙を示したものと言われるように、多くの要素を持った集合体です。そこには空間や領域、場があらわされ、あらゆるものがつながり合っているという世界観が示されています。
2 仏教の曼荼羅
曼荼羅の原型には宇宙観が示されていますが、日本で見られる曼荼羅には、仏教の世界観が表されています。日本での曼荼羅は、主に密教曼荼羅を指しています。
密教の曼荼羅の構成は、幾何学的になっています。すべての像は正面向きになって表されているのですが、これには法則や意味があるのです。
例えば、中心に配置されているものは、最も大きく描かれ、中央から外に向かっていくにつれて、配置されている仏像は小さくなっていきます。
日本の代表的なものに、空海が唐から持ち帰った「金剛界曼荼羅」と「胎蔵(界)曼荼羅」があり、この二つを合わせて両界曼荼羅と呼びます。また、この記事では、仏教の根本の考えを一枚の絵にした、チベットの「六道輪廻図」もあわせて紹介します。
2−1 両界曼荼羅のこと
両界曼荼羅は、大日如来を中心に、たくさんの仏さまを配置して構成されています。密教系の寺では、本尊を中心として、向かって右に胎蔵界曼荼羅、左に金剛界曼荼羅が祀られます。大日如来は、宇宙永遠の真理と悟りを意味しています。
2−1−1 金剛界曼荼羅のこと
「金剛」とは、ダイヤモンドを意味しています。この意味とは、大日如来の智慧が、何ものにも傷ついたり、揺らぐことはないということを表しています。また、これは九つの区画で構成されていますので、「金剛界九会曼荼羅」とも言われることもあります。
この特徴としては、九つの区画のうち六つが同じパターンで構成されていて、上段の三つは異なります。
上段の中央は、大日如来だけが際立ちますが、中心は、やはり中段中央の部分になります。
これは、悟りと智慧の意味を表した、智の曼荼羅と言われるものです。
2−1−2 胎蔵界曼荼羅のこと
もともとの名前は「胎蔵曼荼羅」でした。金剛界曼荼羅と対にして扱われるうちに、「界」の字を添えて「胎蔵界曼荼羅」とも呼ばれるようになりました。
「胎蔵」とは「大悲胎蔵生(だいひたいぞうしょう)」のことで、子供が母親の胎内で育つように、大日如来によって、悟りの本質が生まれてくるという意味があります。
つまり、悟りと慈悲が現実の世界に広がっていく様子を表した図です。
絵としての特徴は、中央に八枚の花びらをもつ蓮の花(中台八葉院)が描かれているところです。仏様になることのできる質が、大日如来の慈悲によって開花するということを表しています。その花の中心には大日如来がおり、その周りには、四仏と四菩薩で八葉になっています。
2−2 輪廻を描いた六道曼荼羅(チベットの六道輪廻図)
チベットのお寺の入口などによく描かれている図で、ブッダの教えのエッセンスが絵で示されています。その土台にあるのが、仏教の根本の考えである四つの教え(四諦)です。
・現実は苦しみに満ちている
・苦しみの根源とは執着や欲にある
・苦しみを終わらせることは可能である
・心を解放するためには道がある
これらは、人間の誰もが経験する苦しみの根源を説いています。そして、私たちが、人生で経験することは、現世であれ前世であれ、自分の行為の生み出したものであるとされています。
2−2−1 六道輪廻の構造
円の中心にある円の中には、豚・蛇・鳥という3種類の動物が描かれています。それぞれが、心を曇らせる三つの毒を表しており、豚は「無知(愚かさ)」、蛇は「怒り」、鳥は「むさぼり(執着)」の象徴とされています。
その外の円環には、天に昇る人間と地獄に堕ちる人間が描かれています。これは、人間の善い行いと悪い行いの結果を表しています。
さらに、その周りには六つに分かれた大きな円環があり、天・人・修羅・畜生・餓鬼・地獄の六つの世界(六道)が描かれています。
無知を知恵に、怒りを慈しみに、むさぼりを手放す心に変えていくことで、人はこの苦しみの輪から抜け出せる、という教えが込められています。
3 曼荼羅を見るには、ここに行く
京都や奈良まで行かないと見られないように思いますが、東京23区内にも曼荼羅を見られる場所があります。また、絵ではなく仏像で表した、立体の曼荼羅もあります。
3−1 都内にある曼荼羅美術館(観蔵院)
東京都練馬区にある観蔵院です。その境内は約2100坪の大きさがあり、豊かな自然に囲まれています。かつて観蔵院は寺子屋でもあったことから、地域文化の中心としての役割を大切にしているお寺です。
曼荼羅美術館には、曼荼羅のほか、美しい仏画が展示されています。
アクセス:
西武池袋線・練馬高野台下車徒歩10分
西武新宿線・井荻下車徒歩15分
西武池袋線・石神井公園下車徒歩15分
※ 曼荼羅美術館の公開日や見学のしかたは変わることがあります。お出かけの前に、お寺へ問い合わせてみてください。
3−2 ちょっと足を伸ばして立体曼荼羅を見る(京都・東寺)
東寺には、密教を伝え広めるために建立された講堂があります。その教えを目に見える形にしたのが、21体の仏像が並ぶ立体曼荼羅で、空海の構想によるものと伝えられています。
仏像の並びから、弘法大師の教えを読み取ることができると言われています。
アクセス:
○JRの場合「JR京都駅」(八条口)下車 1.1km 徒歩15分
○近鉄の場合「近鉄東寺駅」下車 0.6km 徒歩10分
○京阪の場合「丹波橋駅」で「近鉄丹波橋駅」乗換え 「近鉄東寺駅」下車 徒歩10分
公式サイト https://toji.or.jp/ (拝観時間や料金は、出かける前に公式サイトで確かめてください)
4 まとめ
両界曼荼羅も六道曼荼羅も、まん中があり、そのまわりを幾重にも囲む形で描かれています。中心から外へ、外から中心へ。見る人の目が、自然とぐるりと巡るようにできています。
この形には、どこか見覚えがあるかもしれません。池に小石を投げたときに広がっていく波の輪。公園の切り株の年輪。大きな木の下に立って見上げたときの、幹から四方へ広がる枝と、その先で重なり合う葉。
昔の人は、こうした自然の姿を長い時間をかけて見つめ、そこに「すべてはつながっている」という考えを重ねて、一枚の絵にしたのだと思います。曼荼羅は、信じる・信じないを問う前に、先人がどう世界を見ていたかの記録として眺めることもできます。
博物館やお寺で曼荼羅を見た帰り道に、近くの公園や境内の木の下で、少し立ち止まってみる。まん中の幹から枝が広がっていくのを、ゆっくり目でたどってみる。それだけで、さっき見た絵と目の前の木が、どこかで重なって見えるかもしれません。
そういう時間のつくりかたを、林浴(りんよく)と呼んでいます。


